増えてゆくサボテンの鉢 父の日の贈り物

わたしのお父さんは、とても植物が好きなんです。
でも、うちはマンションですし、花壇を作って楽しめるほど広いスペースは、とうてい無理です。

お父さんは、ベランダにプランターや鉢を置き、できるかぎり植物を植えて楽しんでいます。
お部屋の中にも、観葉植物がいっぱいです。
花好きであると同時に、グリーンが大好きな父です。
母よりも父のほうが、お花に詳しいのはうちくらいなものではないでしょうか。

かくいうわたしも、女の子のくせに、お花にはさほど興味がありません。
綺麗だなとは思いますが、具体的に、花の種類などを聞かれてもわかりませんし、覚えようという気もありません。
知っている花といえば、チューリップとか、水仙くらいなものです。
ちょっとマイナーな花になると、区別すら付かないことがあります。

「父の日」に、わたしが選ぶ贈り物は、いつもサボテンです。
植物ならば何でもお父さんは喜んでくれます。
それに、サボテンならば、だいたい見た目どれも同じ感じでありながら、形が微妙に違うので、毎年あげても変ではないだろうと思っております。
大きいサボテン、小さいサボテン、細長いもの、玉のもの、いろいろなサボテンが父の部屋には並んでいます。
あげた当人のわたしには、どれが何サボテンなのやらサッパリですが、父はすべて把握しているようです。

ある日、父がわたしを嬉しそうに呼ぶので部屋に行ってみたら、グリーンのサボテンの中に、パッと鮮やかな黄色い花が咲いていました。
「わあすごい」
と、わたしが言うと、父はにこりとしました。
非常に得意そうな顔でした。
「これは、なかなか花を咲かせないサボテンなんだよ」
と言い、まるで天狗でした。
「ふうん」
と、わたしは答えましたが、ちょっとくすぐったいような気持ちでした。
毎年、わたしが面倒くさがって選んでいるサボテンですが、父はそれらを非常に可愛がってくれているようです。

去年の「父の日」など、わたしがサボテンをあげたら、父はまた非常に嬉しそうに言いました。
「ありがとう。こいつはジェニーだね。ジェニーちゃんだ」

思わず目が点です。
父はサボテンに名前までつけて可愛がっているようなのでした。

それを母に言ったところ、母は苦笑していました。
「でもね、お父さんが名前までつけて可愛がっているのは、あんたがあげるサボテンだけなんだよ」
と、母は言いました。

どうも、くすぐったくて仕方がありません。
それでも、今年もまた、「父の日ギフト」はサボテンです。
最近ではわたしも、多少はサボテンの種類について詳しくなってきました。
今年父にあげるのは、花をつけやすい種類のものにしようかしらと思っています。
そうしたら、きっと、花をつける度に父はわたしを呼ぶことでしょう。

 

さみしい「父の日」

例えばクリスマスイブの日が都合が悪いからといって、前日にプレゼントをもらい、イブの晩にはなにももらえなかったとしたら、異常に寂しく感じるものです。
子供ならば、なおさらそうでしょう。
僕のうちは、両親が共働きで、しかも二人とも非常に忙しい人々でした。
そのため、誕生日やクリスマスなどのイベントは、いつも前倒しか、後日改めてという形でした。

ああいうイベントは、流行と同じで、その日にしないと意味がないものです。
子供同士の会話でも、プレゼントなんだった、というものが主流です。
タイミングを外したイベントは子供にとっては、意味がないばかりか、いっそやらないほうがましなほど寂しいものなのです。

実は僕は「父の日」を、その当日に楽しんだ記憶がありません。
それは、両親ともに忙しかったためです。
「父の日」など、ないことになってしまうことも多かったです。

それでも学校では「父の日」のためのプレゼントや作文、絵などを作りますから、家に持ち帰ります。
リボンをつけて、「父の日」に父に渡そうというわけです。
ところが、うちの場合、父は夜更けに帰宅し早朝に出てゆくので、渡す機会がないのです。
渡せたとしたら、その週の日曜ですが、それにしても、父がゴルフなどに行ってしまう場合、渡しそびれてしまうことに鳴ります。

なんともわびしい話ですが、僕は、学校で作った「父の日」のプレゼントを、直接、父に手渡したことがほとんどないのです。
もっとも、当時の僕は
「こういうもの」
と、完全に割り切り、非常に覚めた気持ちで作文なり、似顔絵なり作成していたものです。

それに、運よく父に手渡しできたとしても、あまり嬉しい結果にはなりません。
それは、父は「ありがとう」と言いますが、心が篭っているようには思えませんでした。
作文にしても、ちらっと眺めてテーブルにおいてしまいますし、似顔絵に至っては、丸めてリボンをかけた状態のまま、部屋の隅に放置です。

大人になってから、「父の日」がいかに大切なものなのか思い知っています。
「父の日」と言われて、思い出すことのできる楽しい記憶がないことほど寂しいものはありません。

やがて僕は結婚し、きっと子供を作ることと思いますが、どんなに仕事が忙しくても、家族と過ごす時間を大事にしたいと思っています。
「父の日」のプレゼントは、どんなにつまらないものであっても、ちゃんと受け取ってあげたいですし、なにより子供に寂しい思いをさせたくはありませんから。